第1回 全国実業団連盟演武大会 祝辞(1973年)

「理想の楽土への道として」

日本少林寺拳法連盟会長
師 家、   宗 道 臣

本日ここに第一回日本少林寺拳法全国実業団連盟演武大会が藤川一秋総合開発機構社長を大会長として盛大に開催されますことは、この道の伝法者として、まことに慶賀にたえません。
本大会の開催に当り、ご協力賜った有志各位と尽瘁せられた関係各位に対し、衷心より敬意と感謝をささげる次第であります。

1970年代を迎え、わが国は物質面においては、国民総生産世界第二位という未曾有の繁栄を誇るに至り、国民の消費生活もまた著しい発展を見せて参りましたが、エコノミックアニマルと世界から排撃され、物質面のみの発展に対して各国から非難の声が上っております。一方精神生活の面では今なお深い混迷の中で沈潜している状態で、旧来の宗教道徳は衰退し、多くの人々は精神的支柱を失ない、日常生活は軽薄に流れただ、享楽と安逸を求めて人生の真の意義と目的を見失なっております。
また一方には個人の尊重を履き違えた、自己以外のものを一切認めようとしない「己れしかない」生き方が横行し、他方には、定められたこと、与えられたことだけを最小限に行なって、責任はなるべくとらないですむように努める「己れのない」無気力、無関心な生き方が蔓延しております。
このように荒廃した精神的風土は、わが民族の将来にとってまことに由々しいことと言わねばなりません。

私は20数年にわたり、一貫して新しい民族意識を身につけ、社会正義を実現する勇気と行動力に溢れた、身心共に逞ましい青年を一人でも多く育てることこそが、日本の将来を、理想の楽土を拓くただ一筋の道だと主張し、実践し続けて参りました。

おもえば、昭和21年の敗戦直後の日本に、私は、残留をすすめてくれる中国人有志の好意を振り切って帰国しました。しかし夢にまで見た祖国は、戦火に荒廃し、人情はすたれてあとかたもなく、日本人同志が互いにいがみあい、傷つけあって、誰もが、自分だけの幸せを願い、他人の不幸を見て見ぬふりをすることに慣らされており、不正と暴力が白昼堂々と横行し、道義も秩序もない、弱肉強食の修羅場が現出していたのであります。
祖国の将来を担うべき青少年の多くは、虚脱感と不信感にとらえられ苦しい現実から逃避するために、目前の享楽に我を忘れたり、過激な外国思想に染まり、祖国を見失って、日本人であることを忘れかけているものがふえている現状でありました。

私が日本の将来を担うべき若者を一人でも多く育てる為にともした一つのささやかな灯火が今、20有余年を経て1,300の支部道院、40数万の拳士によって受け継がれ、なお海外を含め、大きな炬火となって燃えあがりつつあります。
この事実は、拳禅一如の修業による身心の陶冶を通じて真によりどころとするに足る自己を確立するとともに、人間どおしの相互の信頼と愛情を深めて理解しあい、援け合い、手を握り合って、物心両面の、楽しく豊かな理想の楽土を、まずわが国に打ち樹てんことを目指す金剛禅の思想と在り方が純粋多感な青年諸君の心をとらえ、有識者各位の共感を呼んだからに他ならないと確信しております。
しかし混沌とした現在の世相の中で調和の精神を基調として日本民族の真の団結と福祉に貢献せんとする金剛禅運動の前途は、なお遠く、はるかであると申せましょう。
それだけに、私は国家民族興隆の重責を担うに足る有為な青年を一人でも多く世に送り出すため、余生を傾けて運動の陣頭に立つ覚悟であります。
全国各地から本大会に集われた拳士諸君は自己の使命をよく自覚し、奮起していただかなければなりません。

本日の大会において、諸君が日頃修練した実力を遺憾なく発揮されることを祈りますとともにこの記念すべき大会を契機として、今後一層人間完成の道に精進し、それぞれの職場や、職域において、明るく平和な社会を築くための実践活動に挺身されんことを念願してご挨拶といたします。

※ 名称・役職等は当時のままです



(2010年9月14日掲載)