斥候隊の記録 Episode 1
         - 関東実業団連盟 SKボランティア -
※ 関東実業団連盟は東日本大震災の復興支援を長期的に支援していきます
参加者の目から見た実業団ボランティア日記   (文責:山下)

<斥侯隊は月光部隊>
10月7日。連休前の金曜日、池袋の街はいつも以上に賑わっている。
夜10時半、池袋西口バスターミナルに関東実業団連盟の拳士達が集まってきた。根本理事長(JFE千葉)を筆頭に同じくJFEの長尾拳士、内舘拳士。東洋エンジニアリングからは生方部長、日本IBMからは私山下と浅田拳士。そこにやや遅れて富士通ゼネラル畑中部長ご夫婦がご到着。最後にアルコールが入って上機嫌の田邉部長(鎌倉市役所)と押山拳士。

東日本大震災後の少林寺拳法ボランティア(SKボランティア)は塩釜と陸前高田の2拠点を中心に展開されてきた。実業団連盟では息の長い支援が必要と読み、今までは物資の送付、義援金の送付を行ってきた。震災から半年、ボランティア熱が治まってくる頃を見計らって現地での支援をスタートさせた。
・・・とは言っても、現地の様子が分からない。そこで今回の第一陣は斥候隊として送り込むことにした。根本理事長を筆頭に冒頭の10名が斥候隊に志願した。

22時50分、陸前高田行き夜行バス出発。カーテンの隙間から月が見えた。
これから7時間半、月光部隊はバスの中で浅い睡眠と覚醒を繰り返しながら北上することになる。
<旅は道づれ>
陸前高田の停車場はサンビレッジ高田という運動施設の駐車場だった。本来の夜行バス停車場は海沿いのホテル前だったが、事実上使用不可となり臨時停車場としてこの運動施設駐車場を使っている。高台にあり、体育館は一時避難所としても使われた。

ここで一人仲間が増えた。バスから降りた人たちはおのおの迎えの車でいなくなるのだが、一人だけその場でウロウロしている青年がいた。社名の入った作業着に身を包む20代半ばのサラリーマン。
声を掛けると単身ボランティアに来たというが、どうも計画が少し緩かったようで、ここから数キロはなれたボランティアセンターまで歩くという。10人も11人も大差ない。「途中寄るところがありますが、ボランティアセンターまでご一緒にどうですか」そうオファーしたら、あまり悩まずに同行する決断をされた。
<いざ出陣>
7時過ぎに陸前高田のSKボランティア拠点到着。少林寺拳法は銭洞第三部落集会所を拠点として地元ボランティアセンターの活動に参加してきた。我々もそのスキームにのって、この拠点を根城にする。
昨晩現地入りした埼玉早瀬道院の林先生が「朝飯は食ってきたか?」
とても初対面とは思えない気さくな質問で出迎えてくれた。

「まだです」と答えると昼食のおにぎりとなるはずだった炊きたてのご飯とお漬物と缶詰がテーブルにならび、あっという間に朝食を用意してくれた。
私達は手早く食事を済ませ、食事の間に再度炊き上げたご飯でおにぎりを数十個準備。拠点のメットや安全靴を借りて、慌ただしくボランティアセンターへと向かった。

この2日間のSKボランティア参加者は関東実業団の11名の他、埼玉早瀬道院から5名、つくば道院から親子で参加の2名、そして地元出身で、地元と拠点提供の交渉をしてくださった埼玉入間の畠山先生、そしてその姪御さん2名の総勢21名だった。


続く・・・ 

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