第1回全国少林寺拳法指導者研修会 参加記
参加記  文責 :山下明人 (日本IBM)

9月13日から15日まで、千葉県の勝浦にある日本武道館研修センターで開催された「第1回全国少林寺拳法指導者講習会」に参加してきました。
これは中学校武道必修化に伴う新たな取り組みの一環で、日本武道館と少林寺拳法連盟共催、文部科学省後援の国庫補助対象事業です。
関東実業団連盟からは私の他、厚生労働省支部の小林先生が参加されました。

初日が平日だったこともあり残念ながら緊急な案件が入り、私が参加したのは初日の夜からです。内容の濃い3日間でした。どんなことを体験し、どんなことを感じたのかを皆さんと共有させていただきたいと思います。





勝浦の土地勘はなかったので、とにかくカーナビの言うとおりに車を走らせた。夜10時ちょっと前に目的地である日本武道館研修センターに着くことができた。広い駐車場の片隅に車を止めて玄関に向かう。
玄関脇で数名の方がタバコを吸っていた。「こんばんわ」と軽く挨拶をして玄関に入る。どこか学校のような雰囲気の玄関で、本部職員の方が受け付けをしてくれた。

大道場 半分は畳、半分は板の間だった
私の部屋は216号室。4人1組で小林先生の他、JNC滋賀(関西実業団)の前川先生、九州の学校の監督と同室だった。私が部屋に入った時は、九州の西川先生は外に飲みに、代わりに滋賀安曇川スポ少の杉島先生がいらっしゃっていた。

部屋には畳4畳程度のスペースと片側の壁に二段ベッドが2列あった。トイレやユニットバスはない。出張でホテル暮らしに慣れてしまった私には不便な感じは否めないが、反面修学旅行のような懐かしい感じがした。

部屋飲みをしようと食堂の自販機でビールを買っていると、支部長同期の茨城の小川先生や自衛隊の河野先生ともばったり会った、せっかくなのでお声掛けしてご一緒した。
缶ビールで乾杯したがいきなり話ははずみ、持ち込みの一升瓶があっという間に開いてしまった。

翌日は6時に目が覚めた。ストレスによる睡眠障害で最近朝が早い。だが、こんな時はかえって楽だ。睡眠時間が短くても簡単に目が覚めてしまう。

トイレ併設の洗面所で歯を磨き、顔を洗う。周りは見るからに少林寺拳法やってますといった体格の良い方が多かった。
朝食はバイキング形式。とはいえこれもホテルのバイキングとは赴きが異なる。一言で言えばセルフで盛り付ける給食、といった感じだ。野菜を多めに取り、ご飯や肉類は少なめにした。今日は1日動かなくてならない。あまり満腹にしないほうが良いだろう。

8時40分。大道場に太鼓の音が響きわたり鎮魂行が始まった。本部講習会などの長めの黙想が僕は好きだ。

9時からは研修室に移動して新井会長の講義。指導者のあり方をテーマに昨今問題となっている暴力指導の注意などがあった。

10時から再び大道場で実技練習。プログラムには剛法と書いてあったが、実際には柔法が指導された。内容はここでは細かくは書かないが主に鈎手とそこからの逆技だった。

12時からは昼食。本日のメニューは皆さん大好きカレーライスだ。食欲がなくてもカレーなら食べられる。しかも予想以上に美味しかった。

午後1時から再び講義。武藤芳照先生によるゲスト講演だ。運動、食事、健康に関する10のテーマをテンポ良く話す。これが武藤先生の講演の特徴だ。飽きさせずにスポーツ指導者を元気付ける内容だった。

午後2時半から午後の実技となった。午前中が柔法だったから午後は剛法かと思ったら、午後も柔法だった。崩し・落とし・外しをやった。
この理論はすでに本部をやめていった職員の方が20年ほど前に提唱したものだ。ただあくまで実験法である。「攻者が剛体化するというお約束」のもとで投げる感覚を体感するためのもの、そこを理解して取り組まないと意味がなくなってしまう。
あたりを見渡すと案の定そこここで腕の伸びてしまう人続出。そうなるとゴロンと転がすことになり、結局多くの人がなんの練習か分からないまま数を掛けてしまっていた。

何人かの投げられ役を務めてみた。小柄な女性拳士、袖章を見たら聞いたことのある道院名。知り合いの知り合いだった。真摯な取り組み姿勢が印象的だった。
他には恐らく最年少だと思われるが福島から参加の20歳の拳士。いつもの癖なのだろう崩しが大きすぎる2,3回調整しながら実験法を行った。違和感に気がついていることが会話を通して伝わってきた。きっと上手くなるだろう。
東北から参加の女性拳士は「新井会長に技を掛けてもらいたいなあ」と呟いたので、新井会長のところまで袖を引っ張っていき「会長、ぜひ彼女に技を掛けてあげてください」。参加して良かったと言ってくれた

九州から参加のど根性お母さん

その後4時10分から班別討議。8人1組、1時間で3つのテーマについてディスカッション。私の班は35歳で京都から参加の三井先生が討議リーダーとしてうまく全体をリードしてくれた。ただ、1時間3テーマでは1テーマに20しか掛けられない。しかも8人となると、1人の話す時間は3分もない。もちろん他人の意見から何らかの発見はあるのだが、意見の深堀まではとうてできない。
判別討議を講習会に取り入れて数年経つこともあり、そろそろ進行に一工夫欲しいというのが実感だ。

17時15分から50分間は中学武道必修化をテーマに成功事例紹介の時間となった。東京の中島先生の発表だったが、努力や工夫の内容が伝わってくる素晴らしい発表内容だった。

入浴、夕食の後、20時から懇親会となった。これはもともとのプログラムには無かったのだが、全国から指導者が集まるせっかくの機会なので懇親会をやりたいと、参加者から声が上がり本部のクイックな対応で実現した。

ほんの1時間半だったが、テーブルをいくつか回りながらいろんな人と話をした。昼間練習した福島の拳士は20歳になったばかり。とは言え米どころ東北の出身だけあってしっかり飲める。左足の小指を骨折してギプスをしての参加だった。

昼間の練習で知り合いの知り合いだと分かった大分から参加の女性拳士。お子さんが4人いる母親とのこと。旦那さんを病気で亡くされ途方にくれていたそうだが、旦那や子供たちが通っていた少林寺拳法を自分も始めてみようと決心。今回初段での参加。
「4人のお子さんを育てるなんて大変ではないですか?」と聞いたところ「私は、子育てとは親離れさせることだと思っとるけん」とさらりと言われた。一番上の娘さんは海外暮らし、2番目は東京で就職。3番目は現在留学中。家には学生の4人目と海外から受け入れている留学生の子供がいるという。そのバイタリティに圧倒された。素敵な人に出会えて良かったと思えた。

新井会長による乾杯ご発声・・・柱の陰で見えないけど。。。

その後も部屋に移動して宴会は続いた。前橋橘の佐藤先生や高知大学の監督、熊のような体躯にソプラノ・ボイスは奈良の伊藤先生。昔の映像を肴に部屋飲みは続き、結局この日は午前2時に床についた。

陽気で素敵な連中

翌最終日は6時半に目が覚めた。100円を入れて部屋のクーラーをつける。有料だが部屋にクーラーがあったのはうれしかった。トイレは共同だがウォシュレットがついていた。もっと前時代の遺物のような合宿所を予想していたので、意外と快適だった。

午前中に班別討議内容発表の時間があった。全体から3班が選らばれた。僕の班も選ばれた。京都の三井先生がメモを見ずに会場としっかりアイコンタクトをとりながら、昨日の討議内容を順を追って話していた。ものすごい記憶力だ。それでいて適度に笑いを取ることも忘れていない。さすがは教師だ。

最後の実技は剛法と柔法のまとめの時間だった。剛法は前流水蹴を移動の相対で行うのだが、痛風の私は前蹴で胴を蹴ることはできない。待蹴のような早いタイミングで押さえてみたり、あるいは反撃は行わず、体捌きのみを練習してみた。
まとめ後半は柔法だった。実は昨日何度か投げられ役をやって腰にも痛みが出ていた。腰椎ヘルニアの私は過重労働だったようだ。
無理は禁物、フラフラしながらあたりを歩いていたら昨晩ご一緒した奈良の伊藤先生に話しかけられた。昨晩も一緒に飲んで楽しいお話を聞かせていただいた。ご本人はマウス・セラピストとなのっているが整体師が本業のようだ。

「年初から健康にためにランニングを始めたのですが、どうもフォームがわるかったようで左太ももの裏がすごく凝ってしまったんです。何かいいストレッチングなどありますか」何の気なく聞いてみたら、「普通に伸ばしても大して伸びないので・・・」と言いながら私をうつ伏せにし、太ももを踏みつけた。
片手で私の足甲を掴んでゆっくりと動かしている。痛いがめちゃめちゃ響く。「これは凄いですよ。xx筋だけじゃなくxx筋も絡んでますねぇ。こんな状態で勢いよく飛び連蹴なんかしたら切れてもおかしくないですよ。」確かに天地拳第四の飛び連蹴で足が伸びなくなっていた。
右足の痛風、左足の筋肉の凝り。正直言えば歩くのもつらかった。歳をとるとは大変だと思っていたけど、どうもそれだけではなかったようだ^^;

伊藤先生は両足の内側外側横の筋も緩めてくれた。悶絶するほど痛かったが、痛いだけではなく施術後はずいぶんと足が軽くなった。

練習後あわただしく閉講式、そして解散となった。

この時間、お風呂は入れないがシャワーは使えるという。さっぱりした。脱衣所で新井会長と一緒になった。「これから四国ですか」と問うと「いや今から東京に行って人に会う、そのあとはxxに行って・・四国に帰るのは18日だ」スーツケースにコンパクトに荷物を詰めながら答えてくれた。僕の仕事がら出張は多いが、短期の出張を連続するのは体力的にも気力的にも大変な作業だ。会長職は本当に大変なのだと思った。

振り返れば、人脈を広げ、いろんな人の色々な思いと触れられた濃い3日間だった。
多くの人に感謝なのである。